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男装と女装について

 女装、と言ってはおかしな話だけど、中学校の制服のサイズ合わせの日にセーラー服を試着した時、鏡を前に俺が思った感想は「まるで女装をしているみたい」だった。それは隣で様子を眺めていた教師も、同級の女の子達にとっても同意見だっただろう。
 父親は都合がつかなかったので、隣人森下家のおばさんが付き合ってくれていたのだが、家の事情を知っている彼女でも
「似合わないわね」
とばっさりだった。髪の毛を伸ばしたらいいんじゃないか、と言っていたが、当時の俺は完全に少年だったので、それこそおかしな風貌になるだろうと予想が出来た。
 そもそも何故セーラー服を着てみようと思ったのだろう。父親が最初からその気であったように、最初から学ラン以外の選択肢はなかった筈だ。
 ――だけど、夢だった。
 昔から男の子になりたくって、むしろ自分を男だと信じて生きてきて、それでも、ある時自分が男とは違うんだって気付いた。例えば普段から男の子の格好をしてそれなりに過ごしてきたけど、ある夏の日、スクール水着は男女とからかわれても男の子のそれを着る勇気は流石になかった。まな板だったけど、胸を晒せなかった。恥ずかしかった。男子のトイレに入ってもなんて事無いが、個室以外で用を足す気にはなれない。男子の家にお泊り出来ても、一緒に風呂には入れない。
 つまり、一応女としての自覚はあった。
 羞恥心が何時からか、女の子への憧れも生んだ。可愛いものを愛でてみたい、女の子の雑誌を堂々と読んでみたい。夏祭りの縁日で射的で打ち落としたい景品がおもちゃの指輪であった事もある。
 自分は剣道が好きだし、今のスタイルを変える気はないけれど、中学校では規則だからセーラー服を着るしかないな、なんて。



伯爵様と女装青年

 セシリア・クーパーは元は、孤児の名無しだ。孤児院で育った五つの頃までの名前は、もうとうに忘れてしまった。
 セシリアを養子として引き取ったクーパー夫妻は、けして裕福ではなかったが、とても優しく、深い愛情を持ってセシリアを育ててくれた。唯一つ、セシリアを女として育てる以外では、問題点など一つも見つける事が出来ない。
 クーパー夫妻には元々、セシリアという本物の娘がいた。ただ彼女は幼くして事故で亡くなってしまう。たった一人、溺愛していた娘を喪った夫妻の悲しみは相当のものであったが、特に夫人の嘆きは酷かった。死の危険まで伴う彼女の憔悴に、夫が他にどんな道を取れただろう。
 彼は友人に紹介された孤児院で養子を取ろうと考え、そしてそこで、セシリアと同じ年頃で、しかもセシリアに良く似た容貌の子供に出逢った事を奇跡だと信じた。
 そんな経緯で引き取られた少年を、夫人は当然のように娘と信じて疑わなかった。そうして女として育てられたセシリアは、心配された男らしさなど微塵も感じられない程美しく成長し、無事にハイスクールまで卒業したのだった。
 元々線の細い中性的な容貌であったから、「女らしくない」等と言われたり、男友達が多い等という事はあっても、病弱を理由に危険を避けてきた介あってか、夫妻と死別した後も周りからは「女性」として見られている。
 けれどセシリア本人にしてみれば、これからも女として生きていくのは御免被りたい。身体も心も男なわけで、男から求愛されるような事態は本当に避けたいのだ。
 だからこそ誰も自分を知らない土地でやり直そうと、少しでも給金の良い先でバイトに明け暮れた。

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